人気ブログランキング |

岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

kenpouq.exblog.jp
ブログトップ

<   2013年 06月 ( 64 )   > この月の画像一覧


2013年 06月 11日

憲法便り#50 「笑いのめそう!安倍政権」(11) 『次の一手』

『次の一手』

子分:親分、特売禁止法は通しやしたぜ。
親分:でかした!
子分:次に何をやりやしょうか。
親分:こんだあ、政府批判禁止法だ。
    ぬかるんじゃあねえぞ。
子分:承知しやした」
            ―「壁の耳」
 (新宿区・天才デコポン)

明日は、
○新聞記事編(第10回)
○「笑いのめそう!安倍政権」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-11 08:00 | 天才デコポンが追及する!
2013年 06月 11日

憲法便り#49 昭和20年の憲法民主化世論 新聞記事編(第9回)

「社会党の政策案は『政府、学者のみの憲法改正に反対』」

今日は、五つの記事を紹介します。

ひとつ目は、昭和20年10月17日付『讀賣報知』の一面記事、日本社会党の政策案です。
幣原内閣は10月12日に「治安維持法」廃止を閣議決定し、10月15日に廃止の件を公布します。その結果、日本共産党機関紙『赤旗』の復刊、新たな政党結成の動きが活発化します。『讀賣報知』で報道された時期の日本社会党は準備段階で、正式に結党したのは、11月2日です。

c0295254_8144750.jpg

【見出し】
「政府、学者のみの憲法改正に反対」社会党の政策案
【記事】
十五日の準備委員会で党名、綱領を決定した日本社会党では十六日にも委員会を続開、一般政策の政治、外交、財政、経済、社会、労働、農業諸案について討議の結果、政治、外交の二項を次の如く決定発表した。
◇政治
(一)国民の総意に基く憲法の民主主義化
(二)戦争の原因と責任の究明
(三)枢密院、重臣制廃止、
(四)地域代表、職能代表による二院制度確立
(五)責任内閣制確立
(六)大選挙区比例代表制の採用、満十八歳以上の男女に選挙権、被選挙権付与
(七)行政、司法機構並に官吏制度の根本的改革
(八)地方自治制の民主化=地方長官、市長村長等の一般投票による公選
(九)華族制度の廃止
(十)軍国主義、ファシズム並に官僚主義の絶滅とその復活の防止
◇外交
(一)秘密結社の打破、国民外交の展開
(二)ポツダム宣言に基く国際的義務の履行
(三)国際安全保障機構並に国際労働機関への参加、国際的地位の回復
(四)世界各国の社会主義政党その他の無産階級団体との提携
(五)世界の軍備撤廃、圧政と搾取なき世界恒久平和の確立
右のうち特に憲法改正問題については、内大臣府或は政府と一部学者の連携による改正企図に反対を表明、一般国民の民意を十分くみ入れた真の民主主義的憲法草案を早急に立案すべしと強硬態度を示している。


次に紹介するのは、昭和20年10月17日付の三つの記事です。

『山形新聞』の一面トップ記事
「憲法改正へ民間の要望 政治 外交を公明に 世襲華族の特権排除」

c0295254_816476.jpg


『北日本新聞』の一面トップ記事
「憲法改正と民間論評 國體基本に“民主要請” 言論の自由を飽迄尊重」

c0295254_8171137.jpg


『佐賀新聞』の一面記事
「新憲法と民間の意見 欲求あがる“自由権” 皇室典範にも修正検討」

c0295254_8182283.jpg


この三つの記事は、見出しに違いがありますが、記事の基本的内容は同一です。『北日本新聞』から文字起こしをしましたが、明らかに誤植と思われる箇所は、『山形新聞』と照合の上、訂正しました。例:予算詮議権→予算先議権、基案→起案
文中にたびたび出て来る「大権」とは、
「明治憲法下、広義には、天皇が国土・人民を統治する権限、すなわち統治権。狭義には、憲法上の大権として、帝国議会の参与によらず、輔弼(ほひつ)機関のみの参与によって行使する天皇の権限」。
また、「輔弼」とは、「明治憲法の観念で、天皇の行為としてなされ或いはなされざるべきことについて進言し、採納(さいのう=とりいれること、とりあげること)を奉請し、その全責任を負うこと。国務上の輔弼は国務大臣、宮務上の輔弼は宮内大臣および内大臣、統帥上の輔弼は参謀総長、軍司令部総長の職責であった」(以上、『広辞苑』より)

【記事の本文】
畏き聖慮に基く帝国憲法改正の議は近衛御用掛を中心とする内大臣府の研究と松本国務相を主任とする政府の研究の二本建で進められているが、さらにこの聖慮の趣きを拝承せる議会側でも貴族院制度調査会および衆議院調査会の両機関で研究に着手することになり、またこれと並行して学界その他民間研究団体においても活発な憲法論議が展開されつつある。憲法改正の事業は平和国家再建の革新段階に対処し、今後の民主主義的な日本の政体を規定するものであるだけに、これに対する関係当局の関心は勿論、全国民もその成行を注視しているのであるが、特に憲法改正の議が帝国憲法の精神に即し、聖上(せいじょう=天子の尊称)陛下の御発意に基いて起され、合法的に国民の研究批判が許され、建前となった今日においては、憲法改正に対して国民の希望なり意見は率直自由に表明せられ、正しき国憲の作案に寄与することが要請されているのである。現在憲法改正に関する民間の有力な意見を挙げると、先づ憲法法典の根本的な改正をはじめとしてこれに付属する貴族院令、衆議院議員選挙法および憲法と併立する皇室典範など国家統治の根本法則ならびに政治の大要に関する諸規則について全面的な改革を絶対に必要としているのであるが、このうち基本たる帝国憲法の各条章に関する改正問題については、次のような点が指摘されている。
一、第三条、天皇不可侵権に関する本条は国民的な感情に合致しており、此精神は無論遵法さるべきものであって、天皇に対し危害を加えるべからざる事、ならびに天皇が政治責任を負わざることの二点については外国の憲法においても当然にそれを認めているのである。しかし本条の精神を敷衍し天皇に対し不敬の発言などを含むの批判が禁止されていることは、いわゆる言論の自由を確立すべきポツダム宣言条章とそぐわないものがあらざるやの見解が米国その他連合国側でも強く唱えられており、天皇の地位を論ずるに当って官憲の不謹慎な悪用によりこれを不敬の発言とこじつけられる惧(おそ)れなしとしない。さきに尾崎行雄しが不法に刑事被告人となったこともこの条章に基くものであって、言論の自由を徹底する論旨において、本条に必要な改正が考慮されている。
一、第十一条(統帥大権)、第十二条(編成大権)、第二十条(兵役義務)
以上三条は、ポツダム宣言履行に伴う陸海軍廃止によって当然廃止の予想さるものである。
一、廃止した方がよいと考えられているものは次の諸条であろう。
(イ)第八条(緊急勅令)
少数官僚が議会の批判を回避するための独善的政治の道具にされ勝ちであり、議会の権限を著しく縮小する規定としてその廃止が予想される。但し真にやむを得ざる場合、例えば内閣全体の責任において勅令を制定し、出来るだけ速かな機会に議会の承認を求める様、条件付緊急勅令を出し得ることとなる。
(ロ)第三十一条(非常大権)、第三十二条(臣民自由権の軍人準行規定)
(ハ)第四十八条(議会の秘密会)
  公開議会である本質に鑑み、一切の秘密会を廃止し、国民に対する政治、外交の秘密をなくするため本条の撤廃が考えられる。
(二)第五十六条(枢密院)
  枢密院は(明治)憲法制定当時の草案審議に関する機能を果した。今日では法制上の疑義を正す事以外ほとんど指令を待たず反対に将来議会を代表する政府を不当に拘束する惧れありその廃止が考えられる。
(ホ)第六十七条(憲法上の大権支出)、第七十一条(前年度予算執行権)
  両条は議会無視の規定のもっとも著しいものであり、政府が予算の協賛を経ずして独断的に前年度予算を踏襲し得る基礎をなすものであるが、外国では第七十一条を第十一条の統帥権と並べて政府および軍閥の力の源泉であり、議会政治を排撃する根拠であるとしている。
一、大巾の修正を考慮されている諸条項
(イ)第九条(執行命令)
  議会の権限を制限し、国民の自由権を剥奪する封建制の基礎となっているもので警察犯処罰令、違警罪即決令等はこれに準拠しているが、かくのごときものは議会の承認を要することに改める。
(ロ)第十条(官制大権、任免大権)、第十三条(外交大権)、第十四条(戒厳宣告の大権)、第十七条(摂政設置規定)、
  以上の諸条は何れも議会の承認を得ることとする。特に宣戦、講和の際及び重要な条約を締結する場合、民主主義諸国家は常に議会の承認を経てこれを行うこととしている。又第十七条の摂政を置く場合については、典範は皇族会議及び枢密顧問の議を経ることを要する旨規程しているが、議会の議を経ることとするを必要と考えられる。
(ハ)第二十二条乃至(ないし)第三十条(国民の自由権及び誓願権)
  国民の権利に関する諸条はいづれも法律規定の定めることろに従い、その範囲内において行われる但書が付いており、憲法上の自由権はこの但書を援用して発布された諸法令によって実質上空文化している。従ってこの点は憲法改正について最も強く配慮すべきところのもので、先づ人民の自由を制限すべからざる旨の積極規定が制定されると共に国民の自由を制限する場合は、常にこれを例示することが考慮されるであろう。
(ニ)第三十四条(貴族院)
  貴族院令はその院令改正について貴族院自体の議を経て行い、衆議院の干与(かんよ)を認めていないが、これは衆議院議員選挙法の場合と同様、両院の議決を要するものとせらるべきものであろう。貴族院の改革については官僚の古手や世襲貴族の多数をこの特権議院に包容するの旧套をさけ、広く国民の中から産業界、勤労農民、文化界、技術研究部門などにおいて文化的な機能を果し、国家に貢献せるものを華族、優秀官吏の場合と同様に貴族院議員に勅任せられるの方途が講ぜられること。
(ホ)第四十三条(議会の会期)
  議会々期三カ月が短きに失することはすでに定評となっており、六ケ月に期間延長、常置委員会の設置ないし随時簡易議会を開き得る等の改正が考えらる。
(ヘ)第四十九条(議院上奏権)
  議会が内閣を弾劾し、または特定の大臣の過失を起訴し得るの規定が上奏権とともに設けられること。
(ト)第五十二条(議員の発言権)
  議会の発言と同様の言論は、院外においてもこれを行い乃至新聞雑誌に掲載するの自由をもたすべきこと。
(チ)第五十四条(大臣の発言)
  国務大臣の発言は政府の特権とせず、議会側がその出席および弁明を求め得る如く改めること。
(リ)第五十五条(国務大臣の責任)
  各国務大臣は天皇に対して単独に責任を負う事になっているが、憲法改正に当っては内閣は議会に対して連帯責任を負うよう改められ得べきこと。各国の憲法も大部分は政府が議会の信任を得ることを要する旨規定している。
(ヌ)第六十一条(行政裁判)
行政裁判は現在はほとんど空文に帰している。行政の遺失を改めるには行政裁判所がもっと活用されなければならぬ。その趣旨が憲法条文において明確にさるべきこと。
(ル)第六十五条(予算先議権)
  衆議院の予算先議権は、単に時間的な順序に過ぎない。これを衆議院が優先権を持つように改め、例えば二回以上衆議院を通過せる予算案は、これを成立せしむる如くすること。
(ヲ)第七十二条(会計検査)
  国家の歳出歳入の検査は、会計検査院が検査確定することとなっているが、これは議会の承認を先決とし、財政に対する議会の監督権を強化すること。
一、新たに規定を設けるよう考慮されるもの
内大臣は後継内閣奉薦その他重要な国務につき常時側近に奉じて御下問に奉答する使命を持っており、しかも国法上はなんらの権限および責任をもつ規定がなくその行為は時には明確を欠く恐れなしとしないので、その地位を憲法上に明定すること。

以上の諸点はわが国政治の大要とその運用及び臣民の権利義務に関する基本法則に関するものであるが、わが國體の基本をなす憲法第一条及び国家統治の基本法たる第四条(統治権)、第五条(立法権)などについても民主主義政治の新要請に即応すべく、字句の表現方法などについて必要な考慮が加えられるべきであろうし、さらに憲法上諭(じょうゆ=明治憲法下で、法律、勅令、条約、予算などを公布する時、天皇の裁可を表示したもの)及び第七十三條における憲法改正の発議権、および皇室典範の改正に関しても、これに国民の代表たる議会の関与と積極的な協賛の実を挙げしめることが至当と思われ、憲法改正草案の起案については、最も慎重な検討が加えられるであろうと期待される。

この記事が書かれたのは、敗戦からわずか二カ月後のことです。天皇制を基本にしながらも、かなり多くの条項について、問題点の指摘と同時に改正提案が含まれています。

これらは、無署名の記事ですが、鈴木安蔵著『憲法学三十年』(216‐221頁)によって、彼の談話記録を同盟通信社(注:同社は10月30日に解散)が配信した記事であることが判ります。
その部分を引用しておきます。
「上記十月十五日の同盟通信社での談話速記が――同盟通信社の機能として諸新聞社に、それを流したのであるが――『東京新聞』十月十八日号に全文発表されている。これは、もちろんわたくし自身、速記録について校閲してはいない。記者がニュースとして整理したために、多少の修飾も加えられているが、当時の憲法問題についての情況を知るためにも、ほぼ原文のまま引用しておく(仮名づかいは全部改めた)」(ただし、『東京新聞』10月18日号には、昨日紹介した別の論文が掲載されています。)

『憲法学三十年』の中では、原文のタイトルは「憲法の何処を改むべきか」となっています。
参考までに、この原文を収録しておきます。新聞社がとのように修正したかが判る興味深い例です。

「憲法の何処を改むべきか」
 帝国憲法改正の議は近衛御用掛を中心とする内大臣府の研究と、松本国務相を主任とする政府の研究の日本建で進められ、一方議会側でも貴族院制度調査会および衆議院制度調査会の両機関で研究されつつあり、またこれと併行して学界その他民間研究団体においても活発な憲法論議が取交されつつある。憲法改正の事業は平和国家再建の日本現段階に対処して今後の民主主義的な日本の政体を規定するものであるだけに、これに対する関係当局の関心は勿論全国民もその成行を注視しているものであるが、特に憲法改正の議が帝国憲法の精神に即し聖上陛下の御発意に基づいて起こされ、合法的に国民の研究批判が許されることとなった今日、憲法改正に対して国民の意見は率直自由に表明せられ、正しき国憲の立案に寄与することが要請されるのである。
 現在憲法改正に関する民間の有力な意見をあげれば、先ず憲法法典の根本的な改正を始めとし、これに付属する貴族院令、衆議院議員選挙法、議院法および憲法と併立する皇室典範等国家統治の根本法則並びに政府の態様、諸規則について全面的な改革を絶対必要としているのであるが、この中基本たる帝国憲法の各章に関する改正問題については次の様な点が指摘されている。
(一) 第三条 天皇不可侵に関する本条は国民的な感情に合致しておりこの精神は遵奉されるものであって、天皇に対し危害を加うべからざること並びに天皇が政治責任を負わざることの二点については外国の憲法においても当然にそれを認めている。しかし天皇に対し不敬の発言等をふくむ一切の批判が禁止されていることは、いわゆる言論の自由を確立すべきポツダム宣言の各章とそぐわないものがあるにあらざるやとの見解が米国その他連合国側でも強く唱えられており、天皇の地位を論ずるにあたって、これを不敬の発言とこじつけられる恐れなしとしない。言論の自由を徹底する趣旨において本条に必要な改正が考慮されている。
(二) 第十一条(統帥大権)第十二条(編制大権)第二十条(兵役義務) 以上三ヶ条はポツダム宣言履行に伴う陸海軍廃止によって当然廃止が予想されるものである。
(三) 廃止した方がよいと考えられているものは次の諸条であろう。
 (イ)第八条(緊急勅令) 議会の批判を回避するためか独善的政治の道具にされがちであり、議会の義限を著しく縮小する規定としてその廃止が予想され、但し真にやむをえざる場合、例えば内閣全体の責任において勅令を制定し速かな機会に議会の承認を求める様条件付緊急勅令を出しうることとする。
 (ロ)第三十一条(非常大権)第三十二条(臣民自由権の軍人準行規定)
 (ハ)第四十八条(議会秘密会) 公開議会である本質にかんがみ一切の秘密会を廃止し国民に対する政治外交の秘密をなくするため本条の撤廃が考えられる。
 (ニ)第五十六条(枢密院) 枢密院は憲法制定当時の重要草案諸議に関する機能をはたし今日では法制上の疑義を質す以外に殆んど使命をもたず、反対に将来議会が代表する政府を不当に拘束するおそれがあり、その廃止が考えられる。
 (ホ)第六十七条(憲法上の大権支出)第七十一条(前年度予算施行権) 両条は議会無視の著しいものであり、政府が予算の協賛をへずして独断的に前年度予算を踏襲しうる基礎をなすものである。外国では第七十一条を第十一条の統帥大権と並べて政府および軍閥の力の源泉であり議会政治を掃滅する根拠であるとしている。
(四) 大幅の修正を考慮されている諸条項
 (イ)第九条(独立命令) 議会の権限を制限し統帥大権と並んで政府および軍閥の力の源泉であり議会政治を排撃する根拠であるとしている。国民の自由権を剥奪する封建制の基礎となっているもので、警察犯処罰例、違警罪即決令等これに準拠しているが、かくのごときものは議会の承認を要することに改める。
 (ロ)第十条(官制大権、任免大権)第十三条(外交大権)第十四条(戒厳大権)第十七条(摂政) 以上の諸条は、いずれも議会の承認を要することとする。特に宣戦講和の大権および重要な条約を締結する場合、民主主義国家はつねに議会の承認をへてこれを行なうこととしている。また第十七条の摂政をおく場合については典範は皇族会議および枢密顧問の議をへるを要する旨規定しているが、議会の議をへることとするを必要と考えられる。
 (ハ)第二十二条乃至第三十条(国民の自由権及び請願権)
  国民の権利に関する諸条は、いずれも法律規定の定めるところにしたがい、その範囲内において行なわれる但書がついており、憲法上の自由権は、この但書を援用して発布される諸法令によって実質上空文化されている。したがってこの点は憲法改正について最も強く配慮すべきところのもので、先ず人民の自由は制限すべからざる旨の積極的規定が制定されるとともに国民の自由を制限する場合は、つねにこれを例示することが考慮されるであろう。
 (ニ)第三十四条(貴族院) 貴族院令は、その院令改正について貴族院事態の議をへて行ない、衆議院の関与をみとめていないが、これは衆議院議員選挙法の場合と同様、両院の議決を要するものとせられるべきであろう。貴族院の改革については官僚の古手や世襲華族の多数をその特権議員に包容する旧套を改め、広く国民の中から産業界、勤労者農民、文化層、技術研究部門において文化的な機能をはたし国家の貢献せるものをも、華族、優秀官吏の場合と同様、貴族院議員に勅任せられるの方途が講ぜられること。
 (ホ)第四十二条(議会の会期) 議会の会期三ヶ月が短きに失することは、すでに定評となっており、六ヶ月に期間延長、常置委員会の設置のほか随時容易に議会を開きうる等の改正が考えられる。
 (へ)第四十九条(議院上奏権) 議会が内閣を弾劾し、または特定大臣の過失を起訴しうるの規定が上奏権とともに設けられること。
 (ト)第五十二条(議員の発言権) 議会における発言と同様の言論は院外においてもこれを行ない、または新聞雑誌に掲載するの自由をも保大しむべきこと。
 (チ)第五十四条(大臣の発言) 国務大臣の発言は政府の特権とせず、議会側がその出席および弁明を求めうるごとく改めること。
(リ)第五十五条(国務大臣の責任) 各国務大臣は天皇に対して単独に責任を負うことになっているが、憲法改正にあたっては内閣は議会に対し絶対責任を負うように改めるべきこと。各国の憲法も大部分は政府が議会の信任をうることを要する旨を規定している。
(ヌ)第六十一条(行政裁判) 行政裁判は現在はほとんど空文に期している。行政の遺失を改めるためには行政裁判所がもっと活用されねばならぬ。その趣旨が憲法条文において明確にさるべきこと。
(ル)第六十五条(予算先議権) 衆議院の予算先議権は、たんに時間的な順序にすぎない。これを衆議院が優越権をもつように改め、例えば二回以上衆議院を通過せる予算案は、これを成立せしめるごとくすること。
(ヲ)第七十二条(会計検査) 国家の歳出歳入の決算は会計検査院が検査確定することとなっているが、これは議会の承認を先決とし財政に対する議会の監督権を強化すること。
(五) 新たに規定を設けるように考慮されるもの
  内大臣は後継内閣奏薦その他重要な国務に常時側近に奉侍して御下問に奉答する使命をもっており、しかも国法上は何ら権限および責任をもつ規定がなく、その行為は時には明確を欠くおそれなしとしないので、その地位を憲法上に明らかに定むること。


五つ目に紹介するのは、10月25日付『東京新聞』一面トップ記事。

見出しは、「憲法改正速行論 成文法的に改正 制定の精神確定 民主主義天皇制と矛盾せず 金森博士」です。これも、見出しとコピーの紹介にとどめます。

c0295254_8194811.jpg

『東京新聞』は、10月16日から18日まで三回にわたって鈴木安蔵の論文を連載しましたが、今回は、元法制局長官で、後に憲法担当国務大臣となる金森徳次郎の論文を紹介しています。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-11 07:00 | 戦後日本と憲法民主化報道
2013年 06月 10日

憲法便り#48 「笑いのめそう!安倍政権」(10) 『骨太の方針』

『骨太の方針』

肉は財界に、
国民には骨だけを
投げ与えること。
    ―政治用語怪説辞典
  (新宿区・天才デコポン)

明日は、
○新聞記事編(第9回)
○「笑いのめそう!安倍政権」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-10 08:00 | 天才デコポンが追及する!
2013年 06月 10日

憲法便り#47 昭和20年の憲法民主化世論 新聞記事編(第8回)

「幣原・マッカーサー会談の5日後以降に」

今日は、二つの記事を紹介します。

ひとつ目は、昭和20年10月15日付『佐賀新聞』一面の記事です。
この記事に関して、「憲法便り#30」及び『心踊る平和憲法誕生の時代』59ページに収録した〈表1〉に「社説」とあるのは誤りなので、「記事」に訂正します。

『佐賀新聞』は、昭和20年10月1日付の「社説」で、「言論の自由と地方紙の使命」と題して論陣を張っており、15日付の記事はその面目躍如たるものがあります。

c0295254_66146.jpg


「民衆の輿論集む新憲法」
日本憲法の改正が議程に上がった。十一日石渡宮相(宮内大臣)は「憲法改正の問題は思召(おぼしめし)大である」と記者団に答えて、近衛公の内府御用掛就任が憲法改正と関連ある旨を示唆した。他方マックアーサー将軍は同日幣原首相の来訪を求めて「日本憲法の自由主義化を必要とする」旨を指摘している。顧みればポツダム宣言の受諾を決意した瞬間に、すでに我国憲法の改正は早晩当然に問題となることが予測されるのであった。その後米国ならびに日本進駐軍当局の発表に徴するも日本憲法改正の必然性はいよいよ明白となるに至った。これと並行して、わが宮中方面においても欽定憲法に関しその改正を企図しつつあるその状態となったのである。
然るに言論の自由を獲得したはずの新聞報道は憲法改正の気運動くにもかかわらず依然として沈黙を守ったことは如何なることであろうか。現在日本の憲法は欽定憲法と称せられ、その改正上御一人に仰いで決定されるのであるから或は一般の□□は差控えるべしとの論議があるかも知れないが、これ程非民主主義の論理はないのである。たとえ欽定憲法であり、それが故に欽定の改正がなされるべきだとしても、民間人が或は議会人が憲法は斯く改正さるべきだとの公論を起すことに何の差さわりもないのみならず、むしろ一般の公論あってはじめて日本憲法の自由主義化はその目的を達するのである。
而してポツダム宣言によるもまた終戦の大詔によるも凡(およ)そ改正の重点は明瞭である、と考えられる。由来わが国の憲法はプロイセン憲法の流れをくむドイツ憲法であることはその制定の沿革に徴して明白である。しかしてその最も顕著なる特色は、立法府たる議会の権能に対して行政府たる政府の権能が著しく強大な点である。所謂「大□事項」と称せらる諸条項がそれであって、学者によってはこれらの諸条項に基く行政府の措置(主として命令による処分)については議会に干与(かんよ)を許さざるものであるとすら論じている。
かかる規定が広範囲に亘って存在するところに行政府の専断が胚胎するのであり、民主主義への逆行が淵源するのである。その他緊急勅令と廃立せる緊急財政処分、責任な地位にあって国政の大事に□要発言を枢密院、財政支出に関する政府の責任などに関する規定もまた当然に改正の対象として考慮せれねばならない。もしそれ統帥大権、編制大権、兵役義務の諸条項に至っては、□□撤廃の結果、空文化すべき性質のものではあるが、しかし将来において軍閥再台頭の国法的基礎を絶対に残さざるよう改正さるべきことは、論議の余地を存しないであろう。しかしわれわれが看過してならぬことは、さらにこの際憲法の根本原則をなす第一條から第四条にかけての天皇制に関する中心点についても広く公論を興す必要があるということである。即ちわれわれは憲法の全面的検討について、学界、議会人、民間など総て公正自由なる公論を喚起する必要があると考えるのである。
このことはまた「日本政府の最終的形態は自由に表現された日本国民の意思により決定される」とのポツダム宣言の趣旨にも沿うものである。かく覯じ来るときわれわれは大御心による憲法の改正に際し、その最終的決定は国民の公論によるべきことを明確にしたいのである。換言すれば、憲法改正の問題こそは大□と高閣に委ねられることなく一般国民の輿論によって決定されることを本義とすべきである。われわれはさきに憲法改正の必然性につき率先筆をとった積りであるが、いま改正への大御心を拝し、またマツクアーサー司令官の指示に接し、重ねて一般の公論を喚起するの必要を力説すると共に、政府当局においても公正なる論議を積極的に推進する方針をとる様希望する。


次に紹介するのは、昭和20年10月16日から18日まで『東京新聞』が連載した憲法学者鈴木安蔵の論文です。『東京新聞』は、社説ではなくこの論文で、歴史的視点からの憲法改正問題を提起しました。同紙はこの後も、憲法の重要な論点に関しては、金森徳次郎や鈴木安蔵の論文を掲載しています。

ただし、ここでは見出しとコピーのみの紹介とします。
16日 鈴木安蔵著『憲法改正』(上)その意義:民族高次の発展へ 輝かしき課題 法律、時代と共に変遷

c0295254_672837.jpg



17日 同(中)日本自由主義の伝統:先駆せる論究、努力 全面摂取に至らず 民権運動今こそ深く再思

c0295254_684623.jpg



18日 同(下)方法と方向:枢府、両院の現構成 重責果すに堪えず 人権確立へ国民の情熱、意欲(注:枢府すうふ=枢密院の異称、両院=貴族院と衆議院)

c0295254_6101315.jpg



※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-10 07:00
2013年 06月 09日

憲法便り#46 「笑いのめそう!安倍政権」(9) 『夫婦間落差』

『夫婦間落差』

妻:新聞に、日本のテレビが
おかしいって書いてあるわよ。
夫:すぐに、電気屋を呼ぼう!
        ―そこつ長屋問答
 (新宿区・天才デコポン)

明日は
○新聞記事編(第8回)です。
○「笑いのめそう!安倍政権」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-09 09:00 | 天才デコポンが追及する!
2013年 06月 09日

憲法便り#45 時事解説「憲法改正に関わる二つの動き」

10月11日以降に、日本側で憲法改正に関わる二つの動きが表面化します。
一つは内大臣府、もう一つは内閣の動きですが、ちょっと複雑です。

内大臣とは、明治18年(1885年)に内閣制度創設の時、宮中に設けられた重職。天皇の側近に奉仕して、常侍輔弼を行いました。昭和20年11月24日に、内大臣府は廃止されます。
その内大臣府が、10月11日に近衛文麿を憲法改正準備のため内大臣府御用掛に任用したことを発表します。常侍輔弼の立場からという理由からです。
この話には伏線があります。10月4日午後6時に、総司令部がいわゆる「人権指令」を発したことについてはすでに述べましたが、これと前後する時間帯の午後5時から6時半まで、まだ東久邇宮内閣の国務大臣であった近衛が総司令部に政治顧問アチソンを訪ねた際に、マッカーサーと会談しています。
外務省が作成した会談録によれば、この会談の中で、マッカーサーは「憲法は改正を要する。改正して自由主義的要素を十分取り入れなければならない。」と述べ、関連して議会改革、選挙法改正、婦人参政権確立にも言及しています。

この時、マッカーサーは国務大臣としての近衛に対して、憲法改正の必要性と自由主義化を力説しています。ところが、東久邇宮内閣が総辞職したあとの10月8日午後5時半に、近衛は個人的に、天皇の側近である木戸幸一内大臣を訪ね、四日の会談の内容を報告します。『木戸日記』によれば、近衛は「このままだらだらと時を過した場合、GHQから改正案を突きつけられるおそれがあり、これは欽定憲法として耐え難いことになるので、速やかに善処する必要がある」と話します。木戸は重要な問題と考え、10日にこれを天皇に報告します。そして11日に、近衛を憲法研究のため、法的手続きを必要としない内大臣府の御用掛に任用し、これを公表します。しかし、その結果、直ちに内大臣府と政府との間に軋轢を生じることになります。この時はまだ、内大臣府の廃止は決定していません。

憲法に関するもうひとつの動きは、幣原内閣に関係するものです。
10月11日午後5時、幣原首相は新任挨拶のためマッカーサーを訪れます。この会談については、すでに、6月7日に詳しく述べたことですが、整理のためにもう一度ふれておきます。

10月11日の会談の冒頭で、マッカーサーは幣原首相に対して、「ポツダム宣言」の達成にあたっては「憲法の自由主義化」を前提とすること、そして、改革五項目の速やかな実行の期待を伝えます。その五項目とは、婦人解放(社会参加)、労組結成奨励、学校教育自由化、秘密審問撤廃、経済機構民主化です。最初に婦人解放と言いましたが、これは私が順位をつけたのではなく、マッカーサーとの会談記録に書いてある通りの順番です。この話を始めるに際に、マッカーサーは、「決して無理なことを期待しているのではない。もし、無理または実行不可能と考えられることは、忌憚なく指摘するように」と付言しています。

これに対して、幣原首相は憲法には言及せずに、「閣僚と相談の必要はありますが、五項目を通して実行が全く不可能なことはなく安心しました。第一の婦人参政権の件は、その実施については、閣議において内定しています」と応えています。

これを聞いたマッカーサーは、「素晴らしい。是非とも、そのように実行してほしい」と伝えます。幣原首相は、ひき続きそのほかの四項目についても積極的な見解を述べ、マッカーサーはその場で「甚だ喜ばしい」との感想を伝えています。

2日後の10月13日、幣原首相は臨時閣議において、マッカーサーとの会談の報告をします。先ほど述べましたように、マッカーサーから「甚だ喜ばしい」という反応を得た会談でしたが、幣原首相は、報告では「改憲せず、法律の改正でポツダム宣言履行は可能」と言明します。

しかしながら、幣原内閣は、この報告とは矛盾した動きをします。同じ13日に、内大臣府の動きに対抗して、松本烝治国務大臣を主任に、憲法改正問題を研究するための委員会設置を閣議決定します。「憲法改正は、国務大臣の輔弼(ほひつ)により行われる事項である」との理由からです。
この両者の対立は、しばらくの間続きます。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-09 08:00
2013年 06月 09日

憲法便り#44 昭和20年の憲法民主化世論 新聞記事編(第7回)

「幣原・マッカーサー会談の3日後に」

今日は、昭和20年10月14日付の4紙を紹介します。

最初にまとめて紹介する3点は、昨日紹介した『毎日新聞』および『朝日新聞』の「社説」を借用していますので、コピーによる紙面紹介のみにとどめます。

10月14日付『福島民報』社説「憲法改正の緊要性」(毎日新聞の社説を借用)

c0295254_563060.jpg



10月14日付『新潟日報』社説「憲法改正の緊要性」(毎日新聞の社説を借用)

c0295254_57541.jpg



10月14日付『中国新聞』社説「欽定憲法の民主化」(朝日新聞の社説を借用)

c0295254_5105072.jpg



次に紹介するのは、10月14日付『讀賣報知』の一面記事です。

c0295254_512465.jpg



この記事は、各條章の具体的条項について、一歩踏み込んだ記述をしており、本格的な憲法論議の先駆けとなったもので、注目に値します。

[見出し]
「一君万民体制」の確立 大権を議会中心に 
権力専断勢力の一掃を期する 憲法改正の民主的眼目


[記事]
「憲法の民主主義化を目指す改正は今や必死の要請となりつつあるが、これが如何に改正さるべきかについて各方面の意向を総合するに、その共通点ともいうべき点は究極において、天皇と国民を真に直結し、一君万民の日本的なデモクラシー体制を確立すべしとの声の強いことである。即ち我が国憲法は天皇大権の名の下に、軍部、官僚が、国民と天皇の間に介在しその権力を専断し、真の天皇政治、一君万民の理想を現実的に阻んでいたというのである。しかし今次の改正は民意を代表する議会の権限を強化してかかる勢力の永久に介在するが如き余地なきよう根本的に改めるべきで、ポツダム宣言の誠実なる履行も、そして真の民主政治もかくしてのみ可能であるとなすのである。以上の趣旨に基き問題となる憲法の具体的条項をあげれば次の点である

第一章 先ず第一条、第四条、第五条の条項であるが、統治権は陛下のみならず国民と「共に」統治させ給う旨を成文化すべしとの意見と、これは国体護持の根本精神に反するとの見地から第一条はそのままとして四条、五条のみに於いてこの趣旨を明らかにすべきであるとの反対論も強い。いずれにせよこうなれば立法の主体は全く議会に移る訳である。第六条は第九条と共に行政大権を規定したものであるが、これは行政官が議会無視の独裁的権力を振るい得た根拠となっていた条項で、両条ともに適当に改正の要ありとなし、従って十条の官制大権も議会の手を経てなすべしということに在る。第八条のいわゆる緊急勅令についても議会無視の道具になることが多いから適当に制限すべしとの論が強い。十一条、十二条は陸海軍の廃止と共に当然廃止を見るべきもので、十三条の外交大権は天皇の名に於いてなされたるも議会の協賛を要するよう改めては如何にというにある。
要するにかくの如き第一章の改正は、改正というよりも全く新憲法の制定というに近く、すべての大権事項は議会中心のものになるが、しかしこれによってのみ議会は従来の無能振りを一擲、真の強固な国民の議会となり、議会の新生はかくしてのみ名実共に可能となる。
第二章 臣民の権利義務は法律の範囲内で保護されているに留まるが、これも単に法律の範囲とせず憲法上の条項において具体的に列挙保護すべしというのである。
第三章 議会関係のものにおいて問題となるのは三十四条で規定した貴族院令に関するもので、これは従来しばしば論ぜられている如く貴族院令によることなく、衆議院議員選挙法同様法律を以ってするよう改めらるべきで、保守派の牙城とされていた特権を取り除くべしというに意見が一致している。次に四十二条の召集に関するもので、これは陛下の名において為されるが、議員の発議(少なくも三分の二以上)あり政府また同意せる場合はこれを召集し得ることとすること、四十二条でいう会期三ヶ月という規定も同様の趣旨からこれを改め、もっと弾力性のあるものにしてはとの意見である。但し四十四条の解散数は現行通りとし、政府がどこまでも自信をもって民意に問うという態度は許されてよいという意向が強い。
第四章 の国務大臣も天皇を輔弼するというのみでなく、議会の信任の存するということが当然問題となる枢密院の官制も幾多改造の余地がある。
第六章 第五章はしばらく別として、第六章の会計に関するもののうち財政上の緊急処分についても政府の独裁を許すが如きことのないようにし、また前年度予算の施行権を規定した七十一条は削除が望ましい等である。」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-09 07:00
2013年 06月 08日

憲法便り#43 「笑いのめそう!安倍政権」(8) 『気温も乱高下』

『気温も乱高下』
これも日銀の
 しわざじゃあねえのかい?
      ―長屋の八五郎
 (新宿区・天才デコポン)

明日は、
○新聞記事編(第7回)
○時事解説
○「笑いのめそう!安倍政権」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-08 08:00 | 天才デコポンが追及する!
2013年 06月 08日

憲法便り#42 昭和20年の憲法民主化世論 新聞記事編(第6回)

「幣原・マッカーサー会談の2日後に、朝日、毎日、讀賣、西日本新聞の社説が揃い踏み」

今日は、四つの社説を紹介します。
10月11日に幣原・マッカーサー会談が行われ、翌12日に報道されました。
その結果、「社説」で憲法について論じることに慎重だった朝日、毎日、讀賣の大手三紙、そして地方紙の大手『西日本新聞』が一斉に「社説」で憲法を真正面から論じ始めました。

昭和20年10月13日付『朝日新聞』社説

c0295254_6551938.jpg



「欽定憲法の民主化」
ポツダム宣言の受諾を前提とする今次終戰の過程が、早晩、憲法條項の改訂、乃至は新訂の問題に觸れるに至るべきことは、既に一般の豫想するところであつた。果してそれが如何に速かに、如何なる形において実現するが、内外の関心はその一点に懸つてゐた。支持に先んじて施策することを公約する幣原内閣としても、之に関して荏苒日を曠しくして済むべきではない。
 果然、十一日に至り、宮内省は近衛公のない大臣御用掛任命を発表し、ポツダム宣言履行を繞つて将來續発すべき重要諸問題について内府を扶けて御下問に奉答することに定められた趣を明かにした。同日正午、首相との間に要談を行つた石渡宮相は同四時半より、記者圑と会見した際、近衛公の内大臣御用掛新任命が憲法改正問題と何等かの関聨を意味するものなりやと質問せられたのに対して、その問題はただ、思召次第であるとの意味深長なる一言を洩らしたのであつた。誠に隔靴掻痒の感に堪へないが、恐らく國民は言外に宮相のいはゆる思召が那辺に存するかを酌み取つたに違いない。
 そもそも我が憲法は欽定に基くものであるとはいへ、必ずしも万代不易のものではない。「大日本帝國憲法」の前文にも「将來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改訂スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラバ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スル」云々と見えてゐる。されば一たび至尊にして発議の権を執らせられ、議會また定員の三分の二出席の議場において、出席者の三分の二以上の表決を得るならば、適法にこれを變更することができるのである。しかるところ、ポツダム宣言の忠実なる履行は、明かに帝國憲法中の若干條項の省略、改訂または新訂を必要とする事情を生ずるのみならず、至尊御□夙に終戰に際して、放送でも何でも朕に出来ることがあれば何でもしようとの思召を洩らせられた趣が傅へられてゐるほどであるとすれば、新時代と新事態に即する憲法の自由主義化が円滑に行はれ得べきことも想像に難くない。
 故意か偶然か、米軍司令部渉外局からなされた同じ十一日午後六時の発表にも同一問題が取扱はれたのであつた。即ちこれに先立つこと一時間の同日午後五時に、幣原新首相がマツクアーサー元帥を総司令部に訪れた席上、同元帥が「ポツダム宣言の達成によつて日本國民が数世紀にわたつて隷属せられて來た傅統的社會秩序は匡正せられるであらう、このことが憲法の自由主義化を包含することは當然である」云々の見解を特に表明した事実が渉外局より発表せられたのもこれを仔細に考量すれば決して偶然とは見られない。思ひ到れば、この場合において新内閣の掲ぐる標語たる「支持に先んじて施策」の精神は辛うじて生かされてゐるに過ぎない感さへするのである。
 當局の決定したことはもつと早く発表されねばならぬ。そして國民と共にこれを審議し、國民と共にこれを良き結末に導くだけの心掛けが必要である。そこに民主主義化の第一歩が存在するともいへる。ポツダム宣言の條項は既に炳として明かであり、これを遵守せんとする國家と國民との大方針また議論の余地なきところ、何を躊躇し、何を逡巡して、悔を後世に残す必要があらう。殷鑑遠からず、前内閣がその良き意圖を十分にもち、そして難問解決の第一段階に成功を見せたにも拘らず、五旬にして勇退の外なくなつた覆轍こそ、この際、新内閣の片時も忘れられてはならないところである。


昭和20年10月13日付『毎日新聞』社説

c0295254_6563314.jpg



「憲法改正の緊要性」
有史以來の大變動に際會せる今日のわが國において、過去八十年のわが國を支配規制してきた帝國憲法に檢討の手が加へられるべきことは、むしろ當然のことといはねばならない。固よりわが建國以來の君民一如の國体はたとひ憲法に如何なる改定が加へられようとも變動あるべきものではないが、すでにわが國今後の政治の民主主義化については 天皇陛下におかせられても先般米記者に對して御回答あそばされてゐる通りであつて、わが國が今後民主主義政治の確立に向つてあらゆる法規の再組織を断行をする以上は、憲法についても、その民主主義的政治全体を支配するに必要なる再檢討が行はれなければならないことは論をまたない。
憲法の改正は今日なほ軽々に触れられぬ特殊な範疇に属するものと観念づけられてゐる。これは憲法の尊嚴から来る至當の現象であるかも知れない。しかし憲法にはその第七十三條において「将來此ノ憲法ノ條項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝國議会ノ議ニ附スヘシ」とある如く、非常事態に際會した場合には、當然その改正を認められてゐるのである。今日がその非常事態にあることは、何人と雖(いえども)も否むことは出來ない。しかもこの第七十三條の條項たるや、能ふ限り改正の度合を少くしたいといふ消極的な意味を認めてゐると解する理由は少しもなく、むしろ逆に、國家の存立安泰のためには、能ふ限り積極的なる改正を施すことの必要を認めてゐるものと考へなくてはならない。而してその改正の準備の速度たるや、今日の事態は決して遅疑逡巡を許されないのである。すでにわが國在來の法律命令は極めて廣い範圍において米國側から改廃せしめられた。せめて國法の根基たる帝國憲法だけは他からの要求をまつことなく、自主的にこれが檢討改定を行つて、内は七千万國民の以て據るべき國家規範を明らかにし、外は聯合國がわが國政治の根源に横たはる問題として投げかけつゝある多くの疑念を拂拭するに急ぎ努力すべきであらう。
 現行憲法のどの條章がどう改定さるべきかといふ具体的問題は固より愼重な審議を要する。差當つて第十一條の統帥大権、第十二條の兵備大権等は削除されるべきものであるが、他の問題の多くは帝國議会に関する条項に存してゐる。貴族院の組織を貴族院令のみによらしめて衆議院の容喙を許さぬものとする條項、帝國議会の會期を制限して、政府が常時議會によつて監視され、政治が常時議會によつて討議されるべき制度を阻止してゐる條項、かやうな條項は當然改定されなければならぬ。更に又、帝國議會が、民主主義政治の顕現のためにその役割を果す上において、現行憲法の條章で十分であるか、帝國議會がその運營に際して政府の掣肘を受けることが多いのは、事実上の問題に止まらずして法制上の原因もあるのではないか。かやうな点について憲法は更めて檢討されなければならない。更に又、憲法全体に関する問題として、統帥大権や兵備大権以外の大権事項はどうあるべきか、從來、大権の存在と天皇親裁の観念とが明確にされずして、政府が間々政治の責任を天皇に帰し奉る如き錯誤を齎したことをも鑑み、大権事項と政府の責任の絶對性とをこの際明確にすることも必要である。伊藤公の憲法義解にしばしば述べられてゐるやうに、憲法の字句が多くの個所で融通性を含み、そのために憲法の運用宜しきを得るといふことは或る條章によつてはよからうけれども、かやうな意識に捉はれて若し改正條項を不鮮明な表現で止めようとするならば、國の将來に禍根を□さぬを保し難し。
 畏くも 陛下におかせられては御□ら憲法改正の緊要性を御認め遊ばされてゐるやうに拝承するのであるが、君側の重臣が憲法改正問題に當面しての責任は頗る重大である。何となれば憲法改正の起草こそは、政府の権限内にも在らず、議會の権限内にもあらず、専ら側近の重臣の責任にかゝつてゐるからである。この重臣の中には樞密院も含まれる。さらに今囘内大臣府御用掛を拝命せる近衛公や佐々木博士がこの問題に奉仕すると傅へられてゐる。來年一月の総選挙後の議會には成案が附議されるだらうとも傅へられてゐる。事は極めて重大である、と同時に速やかに審議が運ばれねばならないのである。この際この事にたづさはるものの明智と勇断を望んでやまない。


昭和20年10月13日付『讀賣報知』社説

c0295254_6573491.jpg



「憲法の自由主義化」
我国は先に幣原新首相の第一聲に寄せて、その談話が民主政治確立の氣魄と指導性を缺いてゐたことに對し、遺憾の意を表明したものであるが、太平洋米軍司令部渉外局の十一日發表によれば、マッカーサー總司令官は首相に對し、日本國民が數世紀にわたつて隷属させられて來た傅統的社會秩序のぜ匡正を求め、それは當然に憲法の自由主義化を包含せしめられる旨を指示したのを聞き、首相談に對して抱いた遺憾の念が更に強められたのは國民にとつて不幸のことゝいはねばならない。
而もマ元帥はポツダム宣言の達成によつてこれが□されるのであると改めて念を押してゐるのであつて、新内閣がポツダム宣言を正しく理解してゐる以上は、マ元帥の指示をまつ迄もなく社會改革、憲法の改正に果敢に踏み出すべきであつた。この發表を聞いた國民は又しても日本政府は聯合軍司令部に先手を打たれたとの感じを深め、米軍への信頼が増大する一方日本政府への期待は薄らいで行くのである。我等が政府に求める所は、その施策を行ふ根本理念の性質を十分に正確に把握せんことである。憲法の改正、選擧法の改正、教育の刷新等々を行ふに當り、マ元帥の見解の如く過去數百年の間奴隷的状態に置かれてゐた封建的社會組織から國民を解放せんが爲に、民主主義政治へ移行するものであるといふ理念を明瞭に認識せんとすることについて台閣諸公の努力に缺ける所がないであらうか。
ともあれわが憲法の自由主義的改正は國民への大きな課題として提示されたのである。憲法は明治廿二年二月十一日に公布されて以來一度も改正されたことはない。その第七章補則第七十三條に「將來此ノ憲法ノ條項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝國議会ノ議ニ付スヘシ」とあり、天皇陛下御親らの御發意によつて改正案を作り、議會へ付議することになつてゐる。本條の勅命については憲法發布勅語に「將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ」と仰せられてゐるに明かな如く、文字通り 天皇陛下の思召に出るものと解せざるを得ないのであつて、陛下側近の宮中重臣の責任は重大である。折柄近衛公が内大臣府御用掛を拜命して重要問題の御下問に奉答申上げるとのことであるが、公は嘗て政治新體制運動を起して政黨を解體せしめ、大政翼賛會を組織した當時の指導者であり、現行憲法の定める權力の小さい議會制度をすら軽視するのではないかといふ批判を受けたことは人の知る所である。況んや憲法の自由主義化は議會政治の重視に在ることが常識になつてゐる今日、公の側近奉仕が憲法改正問題にまで触れるか否かについてはなほ疑問の餘地があらう。
憲法の改正には議會の職責又重大であるが、翼□選擧による官制議員によつて大部分を占められる現在の議會が不適格なること多言を要しない。政府も來年一月には總選擧を断行する方針を決めたのであるから、改選された議會に俟つべきである。來るべき總選擧の持つ意義は斯くして益々加□せられるに至り、正に一つの革命的選擧ともいふことが出來る。今度は年齢の引下げ、婦人參政等により、新有權者は既有權者よりも著しく數的割合が多くなるのであつて、成年以上の國民の全部が封建制度を打破する民主主義政治具現のため、憲法改正議會成立のため、自由主義、社会主義から最左翼の共産主義をも投票の對象とするのであるから我國始まつて以來の一大壮觀といへる。
敗戦後の我國が如何なる方向へ建直されて行くかの根本は、憲法の自由主義化がどの程度まで達成されるか否かに懸つてゐる。それには改正の御發意を保有される 天皇陛下は申すも畏きこと乍ら議決權を持つ議會を選出する國民もよく民主政治、自由主義を理解して上下緊密に歩調を一にしてこの大業をなしとげなければならない問題は我國建國以来の重大性を帯びて來てゐる。一歩を誤らんか如何なる重大事態を招來せんやも□り難いのである。當面の局に立つ政府に對しては重ねて安易に流れず、眞劍に、歴史的に事態と理念とを把握せんことを要望すると同時に、國民大衆も亦自らの意思と勤勞とにより國家を建直すの自覺に徹しなければならないと戒め合ふものである。


昭和20年10月13日付『西日本新聞』社説

c0295254_6584713.jpg



「憲法改正問題」
五箇条の御誓文に発源する帝国憲法の発布あって以来五十有七年、大東亜戦争惨敗によるポツダム宣言受諾を契機として、我が国内外の局面は急転直下、茲(ここ)に憲法改正の問題が公式に登場せんとしているようである。実に日本国民として千々に物思わしめる問題である。日本の憲法学者中、帝国憲法を以て硬性憲法となし、フランスその他の欧州憲法に見る如く軟性憲法、即ち軽妙に若しくは頻繁に改正変更の行わるる憲法に対比して論ずるものが少なくなかった。
帝国憲法はそのような比較の意味に於ては正に硬性憲法であり、帝国憲法本来の性格としても、又その改定の手続に於ても、西欧流の民主主義諸国の見るようなそれとは格段の相違点を有することは明かである。
しかし、帝国憲法の硬性ということは決して未来永劫に改正を許さずというが如き進化の法則を無視した性質のものではない。それは明かに時代の進転と共に条項改正の必然性を予徴されたものである。即ちこの憲法を□□し給うた明治天皇には、その憲法発布の前文に於て「将來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改訂スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラバ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ」「憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スル」の道を予め明示し給うているのである。帝国憲法の補則は条文を以て更に之を明定してあること周知の如くである。この点から見る場合、憲法改正問題の登場は決して予想外のことではない。また必ずしも感傷的に眺むる必要もないであろう。
 今は実に改訂を必要とする時宜に立ち至ったと見ねばならぬ。ただその動機がポツダム宣言の忠実なる履行という点にかかっている一事のみが聊(いささ)か関心事である。しかし、それ故に憲法改正問題を以て直ちに他動的に外力から強制されたもののみと観念することは必ずしも当らないであろう。否、第一の導因は他動的であるにせよ、第二の導因としては自動的な基盤の上に立って出発すべきものであると信ずる。日本の再建が絶対的不可避的な必要事であり、その再建の第一歩は民主主義的政治形態の確立から始められなければならないことの明かなる以上、我が国は寧ろ自発的な見地からこの趨勢を看取して、迅速に明快に英断的にそれに必要なる各般の手続きと行動とを執らなければならぬ。甚だ畏れ多いことであるが、憲法改正問題も亦その最重要な一環として、畏き辺り(かしこきあたり=おそれ多い場所。宮中、皇室をさしていう)に於てご照覧、御明察に相成りし結果であろうと拝察される。いうまでもなく、帝国憲法の改正は勅命を以て議案を帝国議会の議にふせらるることになって居り、その勅命は天皇陛下の御発議によるの外、絶対に途はないからである。
事前に於て軽々しく彼比論議することは控なければならないが、新聞紙上伝うるが如く、若し近衛公と佐々木惣一博士の内大臣御用掛任命を以てそれ等に備え給うの前提と解すれば、それは恐らく□□に進められるのではあるまいか。果して然らばその範囲方法の如きも厳密に考究せらるべきであると共に、その内容なり方向なりも亦思い切って自主的に時宜に合うよう、同時に、國體の光輝を千万年の後までも護持することの出来るよう、大胆に率直に環境と将来とを併せ考え、□□の□□あらんことを望まざるを得ない。五箇条の御誓文は当時に於て非常に大胆な御宣言であった。帝国憲法発布も亦飛躍的な御偉業であった。その御精神の御継続(?)であるべき□の憲法改正草案も亦宏遠なる基礎の上に構想さるべきものであろう。
 憲法改正の基礎は民主主義的政治の強化であるとして、之を□するには、独り憲法自体の問題ものでは足りない。議会制度改革もその一であるが、茲に民主主義政治の一つの眼目たる基本的人権の保護に関して逸すべからざるものは、刑事訴訟法その他司法制度の革新である。他面非常に多く人権蹂躙の要素を含んでいる。司法制度革新の企てもあるようであるが、吾々は憲法改正、議会制度刷新と共に三位一体関係にある刑訴法並にその関□法の徹底的改正をこの際望むものである。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-08 07:00
2013年 06月 07日

憲法便り#41 「笑いのめそう!安倍政権」(7) 『永田町ではやりの遊び』

『永田町ではやりの遊び』

おととし・・・「カン」ケリ
去年・・・・・ドジョウつかみ
今年・・・・・戦争ごっこ
         ―太鼓持ち
  (新宿区・天才デコポン)
 
明日は、
○新聞記事編(第6回)
○「笑いのめそう!安倍政権」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-06-07 08:00 | 天才デコポンが追及する!